人間の可能性を追求すること:教育、採用、育成、配置

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人間の生き方

みんな好きな話題があると思う。スポーツの話だったり、恋愛の話だったり、お金の話だったりする。僕の場合はキャリアの話に最も興味がある。なぜかはわからない。ミッションという言葉があるが、日本語訳は使命になる。命の使い方という意味だ。この言葉が非常にわかりやすく好きだ。ここでの命とは時間を表す。生きてから死ぬまでの時間だ。この時間の使い方はまさにその人の生き方そのものではないか。もしこの興味に無理やり理由をつけるとしたら、たぶん豊かであらゆる選択が可能な日本に生まれたことが大きいかもしれない。僕らの世代は生まれたときから少なくとも物質的には豊かだった。強い飢餓を感じたことは無いし、テレビが無くて量販店に見に行くというような経験もしていない。もう1つ、僕らの世代は成長を知らない。もちろん、特定の領域における成長と衰退は当たり前にあるが、国民の多くが今日よりも明日が良くなると信じているような時代ではない。厳しい領域の方が多い。失われた10年、20年というような呼ばれ方さえした。みんなが終身雇用の会社でより良いポジションを求めて、出世競争を頑張って、ちょうど良いタイミングで結婚したり、車を買ったり、家を買ったりという時代でも無い。多くの人が決められた道を通る時代からより積極的にキャリアを構築する時代に変わりつつある。みんなが与えられたテストを解く社会から自由研究になった時期だ。そんな時期において、キャリアの重要性は増すし、そのような背景の中で人が選択するキャリアは耳を傾けるに値するのではないかと思っている。

テクノロジーが可能にすること

僕はスタートアップにいるので、テクノロジーの話はいくらでも耳に入ってくる。少し前であれば、AI、機械学習、ビットコイン。今であればVALUやCASH、新しい技術やサービスの話題は事欠かない。テクノロジーそのものを追求する人も多い。新しい技術は新しいことを可能にする。今までは不可能だったアプローチをしたり、より効率的な方法で進めたりと新しいビジネスとの相性が非常に良い。その技術の新奇性だけで、投資が集まることさえある。僕はあまり新しい技術には興味が無い。技術そのものに興味がある人と、それが人間にどういう影響を与えるかということに興味がある人がいるが、僕は明らかに後者だ。だから、アーリーアダプターにはなりえても、イノベーターにはなりえない。PEST分析という言葉があるが、テクノロジーはその1つでしかない、新興国においては明確に政治的・社会的な影響の方が大きいことも少なくない。技術によってほとんど変わっていないものもある。その一例が教育だったり、人事だったりする。

テクノロジーが可能にしないこと

実はこういった領域とテクノロジーはほとんど関係は無い。テクノロジーは非常に限定的な使われ方に留まっている。例えば、給与計算や労務管理など管理系統の業務の効率化くらいにしか使われていない。従業員のデータベースが明確にあってそれに基づいて適切な採用・育成・配置ができている会社などは非常にまれだと思う。日本だとトヨタ、海外だとGE、P&G、Googleなど一部の会社でしかできていないのではないかと強く思う。最近では少しずつ管理以上のものに適用されようとしているが、人間を扱うのは複雑性が高いので、まだ機械学習やAIなどもそこまで有効な機能を提供できていない。

人を大切にしない仕組み

教育

キャリアは前述したような背景で興味を持ったのだが、教育や人事に対してはもっとネガティブな背景から興味を持った。つまり、既存の仕組みが明らかに機能していないケースを非常にたくさん目にした結果として興味を持った。なぜこんなお粗末な運営がされているのかが気になったからだ。教育に関してはかなり明確だったのだが、教師にかなり怒られたのを覚えている。学校の教師の頭が悪すぎたので授業を聞かなかったり、授業がつまらなかったので他の強化の勉強をしていたこともあった。この教師たちと教育内容と教育方針で優秀な人材が産まれる方がおかしいのではないか。教師は生徒からのフィードバックを全く受けないし、授業によっては受験の範囲を定められている期間で終わらないこともあった。何よりもその強化に興味を持たせるという意味では、0点に近い教師ばかりだった。今でも覚えているが、高校のときの化学の教師は自分にわざとわからないように話しているのではないかと思ったことさえあった。

採用

会社もなかなかひどい。採用から間違っている。そもそも新卒の面接で一番バカらしいと思ったのは、「第一志望ですか?」という質問だ。コミュニケーションにおいてもっと無駄なタイプの質問になる。これに対する答えが「第一志望です」というもの以外がありうるのだろうか。だとしたらその質問に何の意味があるのだろうか。いかに自然に本心ではないことが言えるという能力をみたいのだろうか。今では変わってきているが、新卒一括採用もそうだ。欧米みたいにギャップイヤーがあってもいいのではないか。なぜ特定の時期から始まる活動にみんなが合わせる必要があるのか。海外に行ったり、自分でビジネスを始めたり、勉強したりと多くの選択肢があるのではないだろうか。社会に出た後に必要に応じて、大学や大学院に行けばいいではないか。なぜ、大学に行った直後に大学院に行く人間が多いのかもよくわからない。

育成・配置

入社後も酷い。希望の考慮されない配属に始まり、労働環境は守られないし、特定の人をベストなポジションにつけようとする努力も無い。僕のいた会社ではその前の年に自分と同じ部署に配属された半分が半年で辞めた。最近では、電通の過労死が話題になった。電通の知り合いもいるのだが、朝の2時や3時にMTGをセットしていたりと異常な働き方をしていて、およそ人間の働く場所ではないと思う。人事配置においても戦略的にできているケースをほとんど見たことが無い。昔からいるだけの有能ではない社長・取締役・役員が継続している会社も多いし、新しく入ってきた有能な社員を適切に活用し、評価できているケースも非常に少ない。育成に関してはさらにひどく、現場丸投げのOJT、気分転換がてらのセミナー、取締役や役員のフリートークなどを育成と呼んでいるケースさえある。評価制度にちゃんと仕組みを反映させ、従業員の能力や将来のビジョンをベースに適切に配置することで成長させようという組織の少なさ、また現場で適切に部下を成長させようとする上司もいないことがほとんどだ。

このような背景があって人を生かすということは多くの世界で全く行われていないんだなと思うに至ったわけだ。ちなみに、これは日本以外のほとんどの国でもそうで、TEDで最も再生回数の多い動画は「学校は創造性を殺すのか」というものだ。ちなみに、この人のプレゼンは個人的に非常に好きで、わかりやすいし(英語もたとえも)、ユーモアも散りばめられていて、何回見たかわからない。ただ、日本以外の国(主に先進国)で若干マシだと思うのは色々な余白が多いことだと思う。それは卒業してから就職するまでに時間を空けられたり、仕事と仕事の間に休みの期間があることに対する許容度だったり、社会人になってからの大学や大学院での勉強だったりと選択の自由が大きい。仕事も転職回数によって大きく不利になることが日本に比べて少ないので(ジョブホッパーとなるリスクはあるが)、合わない仕事に耐えたりする必要がなかったり、自分自身でキャリアを形成していく意識がつくことは個人にとっては良いことだと思う。日本もこうした硬直が無ければ、出産や育児などのイベントに影響されるような女性の働きやすさも上がるのにと思うことが多い。

それぞれの対策も書いていきたいのだが、長くなるのでまた別の記事で書きたい。

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